オクちゃんの読書日誌 第4回

「君が歌を歌うとき」 

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Novel Days   58,670文字 2018/10/17

  

 僕は就職を機に通勤に便利な所に1LDKのマンションを借りた。

仕事から帰ると「日和(ひより)」がソファーに丸まっている。 

眼を開けて「ともちゃん、お腹空いた」という。

チャ-ハンを作って食べさせてあげる。

 

 「日和」が幼い時のような顔をすると、たまらなく可愛くて、

頭を撫でたい衝動に駆られるが、手を伸ばすことを躊躇う。

 

 日和と僕は家が近所で、年も近く、幼い時からのつきあい。

日和は明るかったが、ある時から変わった。

 

 日和は度々僕のマンションに来ている。

日和は細かいことは気にしない。まわりの事も気にしない。

何日も食事をしないこともある。

僕が大学を卒業して就職していることも気が付かない。

 

 日和は二つ年下で、僕と同じ大学に通っている。

勉強をしているようには見えないが、成績は良い。

 

 日和はよく男友達を変え、彼等の部屋に入り浸ることも

あるようだ。 実家のマンションには帰っていないようだ。

日和に訊くことはなく、すべて僕の想像だが。

 

 ピンク色のヒヨコが欲しいと言い出す。

そして、 日和は「彼の歌」を口ずさむ。

 

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 雨に降られてコンビニでビニール傘を買って帰り、

「そっけない」と云ったら、黄色のポスカで沢山の印と

三日月を描いてくれた。

 

 「お腹空いた」というので、卵サンドを作ってあげたら、

一切れ食べた。

 

 そのあと、「ねえ、ともちゃん・・・」と何かを言いかけ、

あとは、僕の眼をじっと見つめて、苦しそうな顔をしている。

でも、僕は「何?」と訊き返せない。

 

  日和が僕のマンションに帰ってこなくなった。

新しい男ができたのか、どこかの町の祭りにピンクのひよこを

探しにでも行っているのだろうか。

洗面台の歯ブラシが失くなっていた。

 

 紘(ひろ)がビールを持って訪ねてきた。

 

 桜の花びらが散る季節になった。

 

 紘に呼び出され、深夜のカフェに行った。

そこで、半年ぶりに日和を見かけ、喜んだのも束の間、

男が現れ、ガッカリ。

二人は珈琲をテイクアウトしただけで出て行った。

日和は僕に気付いた筈だが、僕たちの邪魔をしたくなかったのだ。

 

 夏のうだる日、日和が帰ってきた。 

彼女のTシャツを買いにジーンズショップへ連れて行く。

帰宅して、シャワーを浴びて、ビールを飲んでいた。 

日和が「ねえ、ともちゃん・・」と言いかけたが、

インターフォンが鳴ると、いつものように途中でやめる。

紘が訪ねて来た。 日和はビール片手に外出。 男二人に配慮してだ。

雨が降ってきて、ビニール傘を手に日和を探しに行くと酒屋に居た。

 

 日和は出たり、入ったり。

 

 夜、ビールを買いに酒屋へ向かう。

途中で日和を見かけるが、男が抱き付く。

日和も男の背中に手を廻し、撫でている。

 

 夢に日和が現れ、「”大好き”って言っちゃった」と云い、

そのあと、「彼の歌」を歌い出す。

 

   「何度見上げたら青い空は見えてくるのだろう。

    いくつの耳をつけたら、あつには人々の泣き声が

     聞こえるのだろう。

    何人死んだら気づくのだろう。

     数えきれない命が消えてしまっていることを。」

 

 ねえ、日和。 僕は、君が彼の歌を歌うわけを知っているよ。

 

 朝早く、日和が帰ってきて、起こされる。

 

 夏の一日、紘が日和を縁日に誘いに来た。

日和は釣った金魚の袋を手に下げ、ピンクのヒヨコを探す。

ヒヨコはサニーのためと云う。

 

  (昔の縁日で売られていたカラーのヒヨコたち)

 

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 日和が部屋から出なくなった。 大学が夏休だから。

紘が日和にいろいろなものを持ってくるが、日和は元気が無い。

日和が金魚を千葉君(サニー)のマンションへ届けに行く。

日和は千葉君に「ご免ね。ピンクのヒヨコじゃなくて」という。

サニーの彼が坊主頭で、日があたるとピンク色に見え、

笑った顔がヒヨコみたいにカワイイのだそうだ。

サニーと彼はゲイだが、彼はほかの男の所に行ってしまい、

いわゆる、心中をしてしまった。

 

 「彼の歌」の続き:

   「大切だから、だから伝えたの。

    なのに、私の言葉は銃になった。」

 

 日和は「大好き」と云った相手は

みんな死んでしまうと思っている。

 

 歌の続き:

    「ーーママ、私の銃を地面に置いて欲しいの。

      もうこれ以上、大切な人を失くしたくないの。

      あの、長くて黒い雲が落ちてくるよ。

      天国の扉を叩いているような気持になるのーー」

 

 日和が「ともちゃん、サニーが少し元気が出てきたの」

と云って微笑み、僕は日和の笑顔をみて安心する。

 

 日和は僕が入社して1ヶ月の頃、「ともちゃん、

肩の力を抜いて」と云った。 

それで、真面目でも肩の力を抜くことを覚えた。

 

  紘とランチに行き、日和のことがずっと好きだったと告白する。

紘はそんなことは最初から気付いていたという。

だから、お互いライバルとして堂々と戦おうという。

 

 その日の帰り、紘は僕のマンションに来た。勿論、日和に会うため。

日和は紘をおだててキッチンでパスタを作らせ、その間僕と

リビングで飲み物を飲む。

 

 紘が帰った後、日和が「ともちゃん。私、ともちゃんのこと・・・」と

言いかけたところへ、紘がスマホを忘れたと云って戻ってきた。

紘が去った後、日和にさっきの続きを聞きかけるが怖くなってやめる。

 

 TVで悲しいニュースが流れるたびに、日和は暗い顔になって

「彼の歌」を口ずさむ。

 

 僕はインフルエンザにかかり高熱で病院に運ばれた。

日和は見舞いに来てくれ、退院のときも迎えに来てくれた。

 

 日和が母親がいなくなったマンションを引き払うという。

日和は「もう・・・、色んなこと。やめようと思って・・・」

「きっと。それが一番良いはずだから・・・」という。

僕は日和は千葉君のマンションか僕のマンションに引っ越す

のだと思っていた。

 

 翌日、日和は帰ってこなかった。

僕はマンションの整理に行ったのだと思っていた。

一週間過ぎても日和が戻ってこなかった。

ビールや酎ハイの補充のため酒屋に向かうと千葉君に会った。

千葉君から日和が手首を切って病院に入院中と聞かされ、

病院に駆けつける。 

千葉君によると、日和は「大切な人を失うくらいなら、

生きていたくない」と云っていたという。

 

 僕は日和に「大丈夫」だから「大好き」と云うと、

日和も「大好き」と云う。

 

 紘にホッペを思い切り殴られる。 僕が悪いというのだ。

 

 「大好き」と云っても僕が消えないので、日和が笑顔で

「ともちゃん、大好き」と云えるようになった。

 

 「彼の歌」はいらなくなった。